平成23年12月26日(月) |固定リンク
日付がかわって書いている。今晩は新月、そして26日は祖母正子の命日だ。この前墓参りに行ったけど、兵庫県三田は東京からちょいと行ける場所じゃない。東北の被災者が口を揃えて「できればここに住みたい」と言っているのを聞くと、祖父はどんな気持で東京へ出てきたのであろうか?明治のときに陛下をはじめ多くの大名や貴族が、東京へ出てきたときもどんなだったとも思う。徳川幕府は大名の力をそぐためさかんに行った転封、権力者によってその対抗馬を強制的に移動を強いたのは古代から多々あるが、住み慣れた場所を移動するということは大変なこと。 生きるのに稼ぎは必要だから、どこかに出て行くことは致し方ないと思うが、一方で先祖供養という長くにわたって続けてきたことをないがしろにしているように思う。日本の国力はこの地域に根ざした力が積み上がってあるわけで、経済はグローバルなのかもしれないが、文化的には非常にローカルで濃い小集団の連合体なのだ。それが繊細な国土 風土のうえに歩んできたのである。それを引き裂いた近代、時代の針を戻すことはできないが、小さなことからでも始められることがあるように思う。 この前「もって行けよ」と言っていた織部で献杯。 平成23年12月20日(火) |固定リンク
師走 師匠が忙しく走り回るという意味だったと思うが、あっという間に年の瀬となる。恒例の奈良春日大社の御祭りに参拝する。例年と違って何十年ぶりのかの古い舞や、震災供養であったりして、またさきほど金正日死去の報に接し改めて大変な年だったと思う。 毎年場所をかえてお参りしているのだが、昨年若宮様がお戻りになられるときに、本殿奥の森の中にうずくまっていた姿を監視カメラでチェックされていたらしく、秋田さんにお会いすると、「あまり悪さをしないでくださいね」とまず釘をさされる。今年は人並みにお見送りしました!でもなんというか人の気というのは「何事のおはしますかは」が残念ながら半減してしまう。(勝手なことだけど)一昨年特別なおはからいで、花山宮司が若宮様からなにかをもらって、男たちが榊をもったときに何物かに化けたように思ったものだ。かたじけないこと ほんとそう思った。 翌日、河内一宮の枚岡神社に参拝したら狛犬ならぬ狛鹿で、なぜかと由緒書きみたら「元春日」とある。社殿も春日造りだった。興味深い位置に鎮座する神社でちょっと調べようと思っている。三田に墓参りして花山院御廟から丹波篠山にぬけてみた。車石窓節(だったかな)名神神社や城跡などめぐる。兵庫県陶磁美術館にも立ち寄りたかったが丹波陶磁資料館だけ拝見。 最後にお参りした丹波一宮 出雲大神宮は御影山という神体山をしょい、本殿裏手には磐座をお祀りしている。原始信仰の姿とどめる神社だった。その名前から出雲との関連がうかがえるが、丹波盆地(なんて名前か知らないが)山裾に鎮座する。これはすべて歩いてみないとわからないのだが、一宮というのは交通の要衝というか土地土地のふさわしい場所にあるように思う。 夕暮れに法隆寺へ。この時期の奈良は空気が澄んで観光客もすくなくて気持ちがいい。正面をくぐるとお馴染みの光景に出会う。だれもいない。和辻さんが「サアアット」という非常に透明な一種の音響のようなものを感じる と名著「古寺巡礼」にあるが土壁のむこうなほんとそんな感じがする。1400年の重みというより、和辻さんの「魂の森のなかにいる」ような感じに親しみをもつ というと変に聞こえるだろうか。古寺や古社というのは然るべきときに参拝するとやっぱりいいものだ。 今日はこれから法華寺へ。今年最後の旅は充実したものだった。
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