白洲信哉 SHIRASU SHINYA OFFICIAL WEBSITE


平成23年1月31日(金)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 第44回〜清水を湛える霊山を訪ねる〜》《古都逍遥 庭園に遊ぶ》が掲載されました。





平成23年1月28日(金)

 性根を入れる
 神居住職

 準備万端。本日3時から内覧会です。主催者の愛媛県立美術館、アイテレビ、共催のNHK、そして何より作品の所蔵家の皆様、本当に有難うございました。明日は講演をします。サイン会もします。沢山の方々にご覧頂けたら幸いです。


 日吉
 十一面観音





平成23年1月24日(月)

 写真は小池さんが
 おくってくれた。
 有栖川図書館の
 推薦本の棚に
 飾られているそうだ。
 図書館のかた、
 有難うございます。

 東洋陶磁美術館に志賀直哉氏が東大寺の壷法師、上司海雲氏に贈った李朝白磁大壷がある。形といい肌といい李朝の大壷では世界一の名品だが、満月を模したのか?まん丸の丸壷を、数奇者は提灯壷とか呼んで愛玩してきた。本場韓国に伝わったものは少ない。大きなものになると数はぐっと減り、五、六年前に韓国で開かれた李朝展に出品されたのも十点なかった。非常に珍しいものなのだが、まだ世に出ていない丸壷が出てきたのだ。

 先日、自然光でみるのがいいから、と昼間に都内某所にかけつけた。玄関の扉をあけると、奥のほうでキラキラ光っているのが目に入る。先客はその前でうなっていた。モノの前に立つまでもなく、なにやら部屋に漂っている空気で「いいかわるいか」感じられるから不思議だった。近づくと満月のような白い壷が、床の間全体を照らし高貴な存在感をはなっている。高さと胴回りが同じくらいであろう、かの志賀さんのそれと同じ寸法だという。焼き上がりも申し分ない。壷の中をのぞくと白さは際立っていて、内部がこんなに綺麗な壷を僕はしらない。壷中天 という言葉があるがこの壷には天女が、それも飛び切り美しい神様がいらっしゃった!主が「三十数年前 あるところに売ってしまった壷と双璧だと思う」と呟いた。なに!まだ知られていない丸壷があるというのか!いやいや恐ろしい。

 大壷は穀物をいれた容器と言われているが、形がよく焼きあがりの優れたものは、李王家の祭祀に使われたものらしく、「用の美」とは一線を画すと思う。祈りのなかで生れたものは作り手の精神が違うのだろう。今度これで一杯飲ませてください、と懇願しクタクタで辞した。その晩は川井さんからもらってイベリコのセットとパリ土産のカラスミをつまみに、上の主から借りている織部杯で祝杯をあげた。祝杯というのは変なことかもしれないが、美を人生の友とした先輩がひとつの境地に至ったのだからいいのじゃないかと思っている。そして、日本の奥深さ、秘すれば花じゃないけどウブなものが埋もれていることにも嬉しくなる。

 そうそう、イベリコ なかなか美味いですよ、川井さん。


 スイスのツアラー
 というチーズケーキ。
 美味かったです。





平成23年1月24日(月)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 第43回〜神在社奥の院の守り神〜》が掲載されました。





平成23年1月16日(日)

 月
 

 天野山・金剛寺に日帰りした。WOWOWの番組の撮影に呼ばれたのである。やっぱり雨?のなか、まずは堀ご住職にご挨拶。92歳の年齢なのに背筋を伸ばして、ほっとする笑顔はかわりない。先年、「白洲展」の出品依頼を快くお受け頂き、「滋賀は申し訳ないことで残念でした」とかえってこちらが恐縮する。住職が高山寺で修業しているときにお参りにきた祖母が、「明恵さま明恵さま」といって明恵遺愛の犬の彫刻を撫ぜていたそうだ。今度の展覧会でその犬と屏風が一緒の会場に…というのも不思議な縁ですね、とご住職。「是非世田谷へ」と手を握ってお別れした。

 撮影は寒かった。身体とは反対に心と言うのか目の機能というのか、満たされた豊かな時間だった。出ていないときは屏風と一時二人だけ。自然光はとってもいい。どこを切り取ってもいいし、細かにみていくと群青色や朱色など新たな色に気付く。「紅葉の峯から瀧がながれ」と祖母は記したが、確かに薄ら紅葉を書こうとした痕跡もある。浪は水しぶきをあげ、松は踊っている。顔料は贅沢でかなり厚みがあるところもある。 デジタル修復の専門家、羽右衛門さんの作品にも驚いた。きっと酷いものだとうすうす思っていたが、百聞は一見に如かず。先生ご免なさい。わびさびとか簡単に言うけど、経年変化を許容するということなのかもしれない。うつろいゆく自然の無常観 これはわれわれの宗教なんだ。山水に仏性をみる。作者はそんな境地なんだろう。室町は水墨画のような「静」な時代のように思われているが、そんなの一側面じゃないのだろうか。南北朝の舞台となった寺に潅頂の儀式として伝わった山水画、僕にいろんなことを考えさせてくれた。

 いとうせいこうさんが、四方を屏風で囲んで「潅頂の儀式」だと二人ではいった。頭の回転が早いアイディアマン、次々とでてくる。屏風は横に並べるものだと思っていたが、いろいろ並べ替えたり光の強弱をつけたりするうちにもっと自由度の高いものということもわかる。固定観念、これが停滞の原因だ。今度復元した屏風を温泉場にもっていって、般若湯を飲みましょうと皆で笑った。司会の進藤さん、ほか皆さまお世話になりました。

 充実した一日、真っ直ぐ帰るのをやめ西麻布の無垢さんへ。久しぶり、と言って入ると「よかったですね 先に海老蔵さんにやってもらって」と渡辺さん。冗談になりません。3日前に護光がきたら隣の客が、「海老蔵がのんでる」と言ったそうだ。そう言えば彼、確かにちょっと似ている。それを聞いた護光は、「僕は彼より上なのでそれを言うなら彼が僕に似たんでしょう」と。さすがに細川家19代目だ。帰ろうとしたら女優の野村昭子さんが一人で入ってくる。82歳。お元気で機関銃のような会話にしばらく聞き惚れていた。「貴方のおじいさんが三越の劇場に乱入して舞台が壊されたことがあるのよ」と僕に笑って怒るけど、昭和20年代だというから時効だろう。鎌倉の寿司屋で会ったとか、祖母のこうげいに行ったとか、たいした記憶力。「渡る世間は鬼ばかり」だ。


 日
 


 葛城
 雪景色


 踊る松
 





平成23年1月14日(金)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 第42回〜出雲の海沿いに佇む神と仏〜》が掲載されました。





平成23年1月9日(日)

 長安寺
 石像

 今日は成人の日だそうだ。僕は成人式に出席していないし、そんな頃はまだ大人になった実感もなかった。(いまも危ういが)恒例の市町村主催の行事が公民館などで開かれるが、昔でいう元服のような儀式には、けじめになるような精神性が必要なのではないだろうか。初詣のような年中行事は、わが国が築いてきた伝統文化によるところが多いが、「失われた10年」とか例えられるけど、本当に失われたのは儀式にこめられた民族の魂のようなものなんじゃないかな。

 昨今若い男子を草食系とか言うのだそうだが、それって一概にそんなに悪い例えかなと思う。ある年齢に達した人が、お金や物欲をひけらかしたような態度に比べればずっと健康なことだと感じるし、ものや経済力ではない心の豊かさのようなことを求めていくには適した環境じゃないかな。

 ベルリンの壁が壊れ、経済的なものが本当の価値感じゃないとうすうす気づきながら、横並びに大学に行ったり、就職したりしているように思う。「日本の進路」なんて大上段のことではなく、戦後失われた伝統文化をもう一度見直せるような行事にしたらいいんじゃないかな。

 例えば成人のけじめの時期に、靖国神社に参拝してみるのもいいかと思う。毎年終戦の日、公式が私的かとか、戦没者追悼施設をつくろう とか年中行事のような報道に、なにかあの場所が悪いところ という印象をもっている若者も多いと思う。だからといって、小学生じゃあるまいし、だいの大人が「みんなで参拝しよう」なんて馬鹿げた行為を真似しなさいとは言わない。自分の眼でみて判断しよう。

 僕は聖徳太子や天智天皇という古いところも好きだが、生きているものに一番近い「歴史」は、明治維新にはじめる「近代」「戦後」だろう。僕らは戦争の犠牲になったかたがたの歴史の上に今があり、それを認識することが大事なんじゃないか。

 「日本人のアイデンテイテイ」と言うが、祖先の霊に手をあわせる というのが我が国の、民衆が培ってきた一番大きなことだ。なにか宗教的なことが悪のように思われているようだが、われわれは決して無宗教じゃない。自然に刷り込まれているだけだ。そう考えれば「公」の行き過ぎた「政教分離」というのは如何なものだろう。八百万の神々、森羅万象に神が宿る という自分を超越した何かを「畏れる」というのは、我々の大事な価値観なのだと思う。





平成23年1月7日(金)

 新幹線、
 三島あたりから
 富士山

 寒い寒い。東京へ戻ったら雪の京都より寒い。

 古都逍遥の撮影で京都へ。今回のゲストは浜美枝さん。全盛期の土門拳と古美術 近藤を知る数少ないかた。17歳のときに初見して、「うづくまる」を買ったというのだから凄い。当時から高かったようで、月賦だったという。「一年の給料」と笑って言われる。柳宗悦氏に傾倒し、民芸の家に住むと決めたのもそんな頃というのだからかなわない。祖母の家に一度訪ねたことがあるらしく、いまから二十年くらい前 冬でカモ鍋をご馳走になった、と言われる。そう言えば今日は祖母の生誕101年だ。

 オークラで別れ、花政の御主人に約束のものを届けた。完全なる二日酔い、という寝起きのお姿。「また痛風だよ」と笑って言われたが、目は笑っていなかった。ユリノームはやめて痛み止めの薬をのんでいるそうだが、夏の愛宕参りのときに痛風がでてタンカーで運ばれたというのだからヤレヤレ。でもお互い飲めるうちが花ですね!

 帰りの錦の丸弥太へ新年の挨拶。今年は正月から大雪で、毎日時化だし「いいことおへん」と笑っておられた。女将さんが元気な顔をみてほっとする。お土産にと「さごし」という京都の正月に欠かせない魚と肝をたくさん貰う。若狭があったら送ってもらう約束をかわして別れた。

 市場の肉屋の前を通りかかった。さきの話を思い出し鴨が食べたくなった。京都の星野さんという奇人の奥様に聞いてみよう。鴨ロースもうまかったな。来週一元堂や青柳さんが来邸なので、カモ鍋でもしよう。仕事しに行ったけど最後は食べ物のことになった。今年も京都にお世話になります。


 新幹線から
 伊吹山





平成23年1月4日(火)
週刊ポストに《白洲信哉 ニッポンの神仏 第41回〜仁科神明宮に遺る「懸仏」〜》が掲載されました。





平成23年1月1日(土)

 白髭神社
 

 新年明けましておめでとうございます。年のかわりというのはなんで清々しいのか?本当に不思議だ。一日の繰り返しなのに、朝の空気がどこか違う。忘れっぽい国民性とこの空気感は同じ土壌、風土に裏打ちされているようだ。再生、と簡単に表現しているけど、一年の計は元旦にある、と言えるだろう。

 早くに起きて、NHK総合で再放送された「春日大社」の番組をみた。実景の臨場感が思い出される素晴らしい映像、やはり愛着のあるかたがつくるものは違う。NHKはこういう番組、民放にできない番組にもっともっと特化するべきじゃないかな。鹿島神宮の日の出をみたくなった。

 今年も可能な限り祭りに参加し、神社やお寺にお参りしたいと思う。正月は借りてきた白山の本を読破したい。この天気だとスキーはどうなるかな?


 春日おん祭り
 月


 春日おん祭り
 御旅所





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